大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)973号 判決 1958年7月25日

上告人 神崎藤蔵

被上告人 鹿児島県知事

訴訟代理人 豊水道祐 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人の上告理由について。

原審の確定した事実によれば本件目録(一)の土地のうち南半分地区は現に塩田として使用せられ、その部分はいかなる種類の作物をも栽培するに適しない農耕不適地であるというのである。

自作農創設特別措置法のいわゆる未墾地買収に関する同法三〇条においては、未墾地について何ら定義を掲げていないけれども、同条一項はその目的として「自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するため必要があるとき」としており、従つて、開墾して農地とするに適しない土地を買収することは法の目的に反し、違法ということができるし、また、同条一項一号は「農地及び牧野以外の土地」と記載している農地、牧野以外の土地をすべて未墾地として買収できる趣旨ではなく、他の目的に利用されている土地には右の未墾地といえないものもあることは宅地の場合を考えれば明白である。してみれば、多大の労力と経費を加えて造成され現に塩田として使用されている土地はいわゆる未墾地ではなく、同法三〇条によつては買収できないものと解するを相当とする。してみれば、前記の如く、現に塩田として使用せられている土地は右判示の趣旨に照しいわゆる未墾地として買収することはその部分が問題にする価値のないほど僅少であるなど特段の事情のない限り、許されないものといわねばならぬ。然るに原判決は本件土地のうち、現に塩田として使用されている部分のあることを認定しながら、この部分を除外することなく、また除外しないことについて理由を附することなく、本件目録(一)の土地全部に対し自創法三〇条一項一号該当土地として買収計画を定めたことは相当であるとして、第一審判決を取消し上告人の請求を棄却したのは前記法令の解釈適用を誤りたる違法があるか、審理不尽の違法あるものというべく、破棄を免れない。

よって、民訴四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷勝重 藤田八郎 河村大助 奥野健一)

上告理由

第一点 原判決は左の如く自作農創設特別措置法第三〇条第一項第一号の解釈を誤り同法条に違背している。

上告人は第一審以来右自創法により未墾地買収を為すには

一、本来の土地が開発適地であること

二、自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進する為その土地を買収して農地開発を行ふ必要があること

三、右の必要と現にこの土地が利用されている目的とを比較し、なお国策として農地とする方が正当である場合でなければならぬこと

を主張して居り、第一審判決は前示自作法により未墾地買収し得るためには右上告人主張の三要件を具備しなければならぬことを是認し、本件土地の地理的、地質的、浴革的等各方面より観察して、該土地が本来塩田として適地であり、且つその国内生産と需要とを考慮し、国家が塩の国内増産に努めねばならぬ点を重視し、農業上の必要のみに捉はるべからざること等詳細に説明し右自創法を適用すべからざる所以を判示している。(第一審判決参照)。原審判決も、本件土地は鹿児島県下においては良好な製塩適地で、適当な設備と工場の建設により年間一、三六八屯、収納価額一、八六〇万円に上る大量の製塩可能であり製塩適地と認めなければならない旨認定しているのであつて、この土地はその歴史から見るも旧薩藩時代からの塩田で、偶々上告人の先代が当時において極めて多額の資力を投下して農地化せんとして失敗し、再び塩田に復帰している儼たる事実に徴するも、本来天然の製塩地であることは明かであり、現に鹿児島地方専売公社も製塩施設法に基きこの土地の製塩業を指導援助し、附近住民の多数と共に塩田としてこの土地を存置せんことを希望しているのである。(甲第三乃至六号参照)。而して塩の増産は農業生産の向上に優るとも劣らざる重要なる国策であることは顕著なる事実であり、この天然の地の利と既存の設備を活用して、わが国内塩の増産を図ることこそ現下緊急の国策に適応する所以であつて、この地の利と既存の施設を抛擲し、零細なる農民に過大の費用と労力を強ゆる危険を冒し、斯くの如く他の重要なる国策に副ふて利用し得る土地をも農地化せんが為買収せんとするは前示自創法の法意に非ること多言を俟たざるところである。原判決はこの点において自創法の解釈を誤り之に背反せる達法ありと謂はねばならぬ。

第二点 原判決は、本件土地の南半分地区は農耕不適地であるが合理的土地改良工事を施すことによつて水田として開発し得られることが認められるので、本件土地はこれを自創法三〇条にいふ開発適地と認めなければならないと判示しているのであるが、急激な傾斜地が、よほどの岩磐地等特殊の土地でない限り「合理的土地改良工事」を施せば、多くの土地は農耕地として開発し得られるであろう。併し乍ら斯称に農耕地として開発し得られるからと云つて、それが総て開発適地として未墾地買収を許さるべきではない。原判決がこの点に付「要は国土開発の為土地を最高度に利用しようとするものであるから、いかに農業上の利用増進のために必要であるからとて、他により以上必要且利用度の高い利用目的がある場合には、これを無視して農業上の利用のみに急であつて他を顧みるの要がないといふ訳ではない」と説いているのは正論である。而して原判決は、なお「わが国現下の食糧事情に照らし農業生産の向上を図らねばならないことは当然であるが」云々わが国の塩の需給実績は国内生産はその需要の四分の一にも達せず、年々一五〇万乃至二〇〇万屯の数量を輸入に仰がねばならぬ実状に在りとし、従つて国内塩の生産向上を図らねばならぬことが緊急不可欠であると認められると認定し、「要は本件土地はこれを農地として利用すると、或はまた製塩の為に使用すると、そのいづれが国土利用の目的に合致するかと云ふに帰着する」と謂い、これを農地化するにつき、又完全なる塩田化するにつき幾何の費用を要し、且幾何の収益をあげ得るかの点を比較考察したる上、「大資本を投じて右、塩田の設備改設、運転資金に充てるならば、被控訴人主張のような国策に応ずるに足る量増産の結果を見ることも期待せられる」と論結している。既に本来の姿において旧くからの塩田であり、一旦農地化せんとして失敗し再び塩田に復帰している本件土地につき叙上の結論に達したる上は、これを塩田として存置することこそ緊急不可欠の国策に副ふものであり、その利用度が最も高いものであることは何人も異論を挾む余置なきところであろう。然るに原判決は「資金獲得の点において甚しく困難、寧3絶望視せられる現状において」云々と前提し、資金獲得の困難を唯一の理由として、農地として開発せしむることを国策的見地より優位に在りと判定しているのであるが、その前段において本件土地を塩田化するに付、製塩施設法この他により相当多額の補助金や、長期且低利の融資を受けること及自己資金その他の借入金等数宇を示して計上し、而も全借入金償還は操業開始後八年に完済せられることが認められる旨判示しているのであつて、仮令投下すべき資本が数千万円(本件土地の塩田化に費用総額金三一、四二六、〇〇〇円を要す、と判示している)であるとしても、前に第一点に掲記せる如く、これによりて塩の生産量年間一三六八屯収納価額金一八、六〇四、八〇〇円といふ数字があげられているのであり、その投入資本に比し極めて大量の塩が年々歳々産出されて行くことになるのであるから、塩欠亡のわが国家にこれ程有益なる事業はなく、操業開始後僅々八年にして借入金を償還し得るような利潤多き企業であれば、これが資金を得ること極めて容易であるべきは現下経済界の通念に照らし顕著なる事実であつて、「資金獲得の点において甚しく困難、寧ろ絶望視せらるる現状において」云々と謂ふが如きは、正に今日の経済界に眼を覆へる根拠なき妄断である。三千数百万円は今日の事業の投資として左程大資本と云ふべきでなく、企業のことは事業家に委すれば可なり。原判決認定のような緊急不可欠の国策に適応し且採算上も極めて有利なる事業であることが判然となりたる上は、之に投資する資本家は翕然として蝟集するであろう。

要するに本件土地を農地として買収することが適法なりや否やを決するものは、之をその本来の面目たる塩田として地の利と在来の施設を活用すると何れが国策に応ずるやを判断せば足るのであつて、原判決は、叙上の如く、国内塩の増産を図ることは緊急不可欠の要務であり、相当資金を投ずれば国策に応ずるに足る量の塩の増産を期待し得ると判定しているのであるから本件土地は塩田として存置すべく、これを農地として買収せしめることを排斥すべきは当然の帰結であらねばならぬ。この土地の製塩施設の改善費や運転資金獲得の可能なりや否は自ら別問題である。若し強いてこの点迄も判断せねばならないのであれば企業家の鑑定やその他の背料を収集し単に詳細なる審理を重ねることを要するであろう。

されば原判決は本件土地は製塩適地であり塩の増産は国策上緊急不可欠でありと認めながら資金獲得の困難を妄断して第一審判決を取消し、上告人の請求を棄却したのは、判決の理由に齟齬あるか、又は審理不尽の違法ありと謂はねばならぬ。

似て民事訴訟法第三九四条、第三九五条第六号に基き本件上告に及びたる次第であるから、速に原判決を破毀し、更に相当なる裁判あらんことを希ふ。

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